boid/VOICE OF GHOSTより、江藤淳全集の3巻をkindleにて発売中です。
《江藤淳は、未来の批評家だった。》
――たったひとり、「戦後」の虚構性に挑みつづけた批評家の思考は、今も生々しく同時代日本を照らし出している。
ラディカルな批判精神を貫いた稀有な精神の軌跡に新たな光を当てる画期的な電子版全集!
Kindle版 江藤淳全集
責任編集:平山周吉
全巻1,200円(税込)
Amazon内Kindleショップにて発売
2022年7月21日、3巻同時発売
第1巻『奴隷の思想を排す』
まだ二十代前半で、同時代「日本」のすべてを「ちゃぶ台返し」した「闘う言論人」のラディカルな批評集。
第2巻『新版 日米戦争は終わっていない』
生涯をかけた「戦後批判」を一冊に凝縮した語りおろし。しかし、提起された問題は今もまだ目前にある。
第3巻『犬と私』
愛犬ダーキーへの想いを滋味溢るるエッセイに仕立てた名随筆家の面目躍如たる一冊。60年代アメリカの日常を描いた文章も貴重。著者撮影の愛犬写真も収録。
詳細はこちらをご覧ください。
今回の全集リリースはboidマガジンでは「Television Freak」連載中の編集者風元正さんの発案によるもので、風元さんは全集の編集も担当されています。
なぜ「江藤淳」なのか、「江藤淳全集 刊行宣言」をぜひご一読ください。
命日の7月21日、青山墓地の江藤淳さんのお墓に行き、boidで全集が出ることを報告しました。物体としての本がないし、電子書籍を認めない方だったので、ひやひやものです。江藤さんほどの書き手に全集がない、ということは出版状況を象徴する出来事ですが、それを解消したのが樋口泰人さんというのも時代です。面倒な作業に付き合って下さっている田中有紀さんとともに、感謝しかないです。boidで江藤淳というのも、ほんと妙ですから。
責任編集の平山周吉さんは、23年前、江藤淳に最後に逢った編集者です。平山さんが「幼年時代」の2回目をお宅で頂いたその日、江藤さんはあの世への旅を選択しました。その出来事が平山さんにどういう影響を及ぼしたのが、想像もしようがないのですけど、10年前の私の原稿依頼は小林秀雄賞を受賞した『江藤淳は甦える』という決定的な評伝として結実し、もともとは文章を書く気もなかった平山さんの近著『満州国グランドホテル』は「本の雑誌」の上半期ランキング3位の話題書です。江藤霊おそるべしです。
私が江藤さんについての文章を平山さんにお願いしたのは、当時編集長だった「文學界」の江藤淳追悼号が、死後1週間で依頼から校了に至ったとは信じられない充実した内容だったからです。狂気を感じました(笑)。私も一応、江藤さんに面識があって、2人とも、たぶん謦咳に接した最後の世代です。ともあれ気合の人で、モノマネが好きで、基本明るくて、とんでもなく頭脳が強く、でもおそろしく面倒くさい批評家が自裁したことに、ずっと釈然としない想いを抱えてきました。私が長年所属している出版社でも、もともと約束があったにもかかわらず、全集が出ない。文句を言い続けているうちに、樋口さんがわれわれを助けてくれました。
巷間、江藤さんは「右」あるいは「保守」の人と言われてます。とんでもないことだ、と言っておきます。江藤さんが綜合雑誌で開陳した意見を実行していたら、国家が維持できなくなるくらいラディカルです。てもすべて正しく筋の通った意見でした。いわゆる「保守論壇」の手ぬるい書き手にも、全員喧嘩を売っています。もう無茶苦茶な人ですが、あえて言えば、丸山眞男的な「近代人」を実践しようとした文芸批評家です。今回配本の『奴隷の思想を排す』には、その理想が脈々と息づいています。
もうひとつ大切なのは、毎日変わり映えのしない暮らしをしている普通の人々の生活を尊重していることです。文芸時評という実践の場でずっとそういう「人間」が自由に生きる事を支持し続けていました。「思想」みたいな高みから裁断するのではなく、文学作品を通して、日々の営みから物事を考えること。でも、ご本人がエリート意識の塊なので、その辺を読者はスムーズには受け取れない。ほんと厄介な人です。
江藤さんの代表作はおおむね電子書籍で読めます。しかし、私にとってそれらは退屈です。今、「自由と禁忌」の文字起こし作業をしているのですが、丸谷才一の『裏声で歌へ君が代』の仲間褒め書評の横行を、「グル」の一言でやっつけています。ほとんどパンクです。近来、業界がいい方向にあればいいのですが、書評(というかあらゆる批評)が、「グル」でないことはありますか! どうでもいい作品が「傑作」と評される、そうやって空気を読むのが処世術の社会なんか地獄です。異議申し立てをしない生き方が「大人」みたいに言われているうちに、みんな戦う手段をなくし、結局は我が身大切な「子供」ばかりしかいない世の中。江藤淳は、そういう世界に、エリートとして正面衝突し、疲れ果てて死にました。なんか力が入ってしまいましたけど、もっとも知能指数が高かったにもかかわらず、「クレバー」でもなく「コスパ」が思い切り低い生き方を選択した江藤淳という人を、あえてboidが全集を出す意味は、私としてはそういうことだ、と申し上げておきたい。
ただ、江藤さんはお金は稼いでいたし、本物のグルメでした。今回配本の「犬と私」を読んで頂ければ、お茶目なおじさんであることが分かって頂けると思います。私は窮屈で頭の悪い「憂国の士」なんか支持しませんよう。ははは。
編集担当 風元 正