Kindle版「江藤淳全集」第13巻『全文芸時評Ⅳ 昭和四十六年・昭和四十七年』が発売となりました。戦後文学史ともなる江藤淳の「全文芸時評」。ぜひKindleにてお買い求めください。
Kindle版 江藤淳全集
全巻1,200円(税込)
Amazon内Kindleショップにて発売
第13巻『全文芸時評Ⅳ 昭和四十六年・昭和四十七年』
1970年11月25日。三島由紀夫は市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で籠城して割腹自殺。そして72年4月16日、ノーベル賞作家・川端康成が睡眠薬自殺。日本を代表する作家2人が相次いで死を選び、文壇は動揺する。江藤は時代の変容を直感して新たな作家の登場を促し、古井由吉、阿部彬、李恢成などの〝70年代作家〟や古山高麗雄、高橋たか子などの作品に感応する。「文学」は大作家たちの死を乗り越えることができるのか。
また、編集担当・風元正さんのboidマガジン不定期連載「江藤淳/江頭淳夫の闘争」の第8回目も更新されました。江藤淳は文学者の眼でもって「第三の世代」の次世代の作家たち、三島由紀夫の自決、川端康成のガス自殺など、戦後の時代をどのように捉えたのでしょうか。こちらもぜひご一読ください。
江藤淳/江頭淳夫の闘争 第8回(風元正)
https://magazine.boid-s.com/articles/2023/20230510001/
《江藤淳は、未来の批評家だった。》
――たったひとり、「戦後」の虚構性に挑みつづけた批評家の思考は、今も生々しく同時代日本を照らし出している。
ラディカルな批判精神を貫いた稀有な精神の軌跡に新たな光を当てる画期的な電子版全集!
敗戦国のトラウマを克服し、フェイクではない独立を実現するために八面六臂の論陣を張った批評戦士。いや江藤淳を評するにはまだ何かが足りない。
島田雅彦
江藤淳を知ることは知性の怠惰を食い止めることである。思想の修練という人間的必然をこれほど体現していた人は他に思い浮かばない。
ヤマザキマリ
江藤淳の膨大な仕事。その日付が即ち戦後史である。全集なくして戦後史なし。
片山杜秀
いま、どうしても、江藤淳の言葉が必要だ。柔肌のような、しなやかで、感受性にみちた言葉で、政治を、文学を、なにより日本を語ることが必要なのだ。
先崎彰容
<発売中>
第1巻『奴隷の思想を排す』
まだ二十代前半で、同時代「日本」のすべてを「ちゃぶ台返し」した「闘う言論人」のラディカルな批評集。
Amazon Kindleページ 第1巻
第2巻『新版 日米戦争は終わっていない』
生涯をかけた「戦後批判」を一冊に凝縮した語りおろし。しかし、提起された問題は今もまだ目前にある。
Amazon Kindleページ 第2巻
第3巻『犬と私』
愛犬ダーキーへの想いを滋味溢るるエッセイに仕立てた名随筆家の面目躍如たる一冊。60年代アメリカの日常を描いた文章も貴重。著者撮影の愛犬写真も収録。
Amazon Kindleページ 第3巻
第4巻『海賊の唄』
「60年安保」の直前、若き知識人の燃え盛る改革への意志をブリリアントな感性を全開にした魅力的な評論集。
Amazon Kindleページ 第4巻
第5巻『夜の紅茶』
著者が深く関与した小出版社「北洋社」から刊行された「著者自装」の、昼間の「闘う評論家」の武装を解いた夜のひとときから生れた名エッセイ集。
Amazon Kindleページ 第5巻
第6巻『批評と私』
爆弾論文「ユダの季節」が巻頭に収められた当世言論人気質告発の書。「保守文化人」としての確固たるポジションにいる江藤淳らしからぬスキャンダラスな批評文は「週刊文春」で特集された。友達をなくし、仲間を失い、言論の場が狭まることも承知の上での仕掛け。孤独で、孤高な批評家の肉声がこだまする。昭和58年3月1日に逝去した小林秀雄への真摯な追悼が心を打つ。「みんな敵がいい」
第7巻『なつかしい本の話』
江藤淳はなぜ江藤淳たり得たのか? デュマ『モンテ・クリスト伯』、『谷崎潤一郎集』、ゲーテ『若きヱルテルの悲み』、井伏鱒二『まげもの』、伊東静雄『反響』、チェーホフ『退屈な話』……自らの読書遍歴から語られる「告白的」心の遍歴。戦中に少年期をすごした人の豊かさと傷が生々しい。本人も隠しておきたかったかもしれぬ「秘密」が赤裸々に語られている、埋もれた代表作。
第8巻『自由と禁忌』
なぜ、丸谷才一『裏声で歌へ君が代』は、発売直後に朝日新聞の一面で取り上げられたのか? 文芸ジャーナリズムの不自然な動向から文壇の苦衷を炙り出してゆく。文学は、そして日本はもう終わってしまったのか? あえて孤立を選んだ、痛切な同時代文学批判。
第9巻『日附のある文章』
「若い日本の会」代表だった20代、60年代安保の最中の「転向」をリアルタイムで記録することにもなった威勢のいい同時代への挑戦状。「政治と文学」の狭間で、ヴィヴィッドに揺れる心情をここまで率直に告白した知識人は、日本では江藤淳ただ一人ではないか。古本市場や図書館でも稀少な貴重本であるが、本書での溌剌とした若々しさは後年とは別人の観もある。
第10巻『全文芸時評Ⅰ 昭和三十三年〜昭和三十六年』
1958年から1978年まで、全3000枚。批評家・江藤淳の主戦場は、毎月書かれる厖大な小説をリアルタイムに読み、鮮やかな手腕で評価してゆく新聞「文芸時評」だった。それはそのまま、「文芸誌」黄金時代の生きた文学史でもある。6分冊にして出す第Ⅰ巻は、大江健三郎・石原慎太郎との伴走、深沢七郎「風流夢譚」事件、三島由紀夫の変貌など、戦後史を画期する文学的なトピックに充ちた賑やかな時代についての、手に汗握るようなドキュメントである。
第11巻『全文芸時評Ⅱ 昭和三十七年・昭和四十年』
文芸雑誌が輝いていた1960年代の時評。谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」、梅崎春生「幻化」、小島信夫「抱擁家族」などの作品群に彩られている。しかし、盟友・山川方夫の死が唐突に訪れる。不慮の交通事故。江藤は「山川、君はひとをひっぱり出しておいて、自分はいったいどこへ行ってしまったのだ。」と慟哭する。そして、傑作を書いたばかりの梅崎春生の死。なんという劇的な文学的季節だろうか! 波瀾万丈、必読の時評。
第12巻『全文芸時評Ⅲ 昭和四十一年・昭和四十五年』
文壇でのキャリアを積み、時評家としても揺るぎない地位を築いた江藤淳。しかし、「戦後」への疑問もまた深まるばかりであった。「第三の新人」が大家になり、同世代の「内向の世代」が続々と代表作を発表し、文芸ジャーナリズムの「産業化」が完成する時期、「文学とは何か」を大前提を考え直す日々。「ごっこの時代」が終わるときは来るのか。
<以下続刊>
『全文芸時評』主戦場である時評のすべて。これだけ鮮烈で正確な戦後文学史はない。
『昭和の文人』堀辰雄の「嘘」から近代日本の偽物性を読み解いてゆく晩年の傑作。
『女の記号学』フェミニストの先駆者という意外な側面が現れている日本文学論。
『文壇パトロール』『日本と私』『作家論』『崩壊からの創造』『リアリズムの源流』『言葉と沈黙』『漱石論集』『小林秀雄論集』『慶應義塾大好き』『腰折れの話』『荷風散策――紅茶のあとさき』 『西洋の影』『表現としての政治』『アメリカ再訪』『批評家の気儘な散歩』『歴史のうしろ姿』『仔犬のいる部屋』『こもんせんすシリーズ』『もうひとつの戦後史』『忘れたことと忘れさせられたこと』『無条件降伏論争』『宮澤憲法学批判』『落葉の掃き寄せ――敗戦・占領・検閲と文学』『離脱と回帰と――昭和文学の時空間』『利と義と』『西御門雑記』『大きな空 小さな空――西御門雑記Ⅱ』『人と心と言葉』『渚ホテルの朝食』『中日ドラゴンズ万歳』『来る人去る影』『同時代への視線』『日本よ、何処へ行くのか』『大空白の時代』『日本よ、亡びるのか』『保守とはなにか』『国家とはなにか』『月に一度』『日本 第二の敗戦』『海は甦える』『明治を創った人々』『昭和の宰相たち』
※なお、書店か電子書籍として入手できるものはこのラインアップには現在のところ入っていません。