江藤淳の主戦場は昭和三十三年から五十三年までの20年間、初見の厖大な小説やエッセイを読み込んで作品評価を続けた「文芸時評」だった。文学の最尖端と全身で対峙し続けた批評家の3000枚に及ぶ時評、もっともスリリングな日本精神史。
◉江藤淳は、日本文学の黄金期に文芸時評をはじめる幸運に恵まれた批評家だった。大江健三郎・石原慎太郎との伴走、深沢七郎「風流夢譚」事件、三島由紀夫の変貌など、戦後史を画期する文学的なトピックに充ちた賑やかな時代についての、手に汗握るようなドキュメント。
◉文芸雑誌が最も輝いていた1960年代は、谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」、梅崎春生「幻化」、小島信夫「抱擁家族」などの作品群に彩られていた。しかし、盟友・山川方夫の死が唐突に訪れる。不慮の交通事故。江藤は「山川、君はひとをひっぱり出しておいて、自分はいったいどこへ行ってしまったのだ。」と慟哭する。そして、傑作を書いたばかりの梅崎春生の死。なんという劇的な文学的季節だろうか! 波瀾万丈、必読の時評。
◉文壇でのキャリアを積み、時評家としても揺るぎない地位を築いた江藤淳。しかし、「戦後」への疑問もまた深まるばかりであった。「第三の新人」が大家になり、同世代の「内向の世代」が続々と代表作を発表し、文芸ジャーナリズムの「産業化」が完成する時期、「文学とは何か」という大前提を考え直す日々。「ごっこの時代」が終わるときは来るのか。
◉1970年11月25日。三島由紀夫は市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で籠城して割腹自殺。そして72年4月16日、ノーベル賞作家・川端康成が睡眠薬自殺。日本を代表する作家2人が相次いで死を選び、文壇は動揺する。江藤は時代の変容を直感して新たな作家の登場を促し、古井由吉、阿部昭、李恢成などの〝70年代作家〞や古山高麗雄、高橋たか子などの作品に感応する。「文学」は大作家たちの死を乗り越えることができるのか。
第14巻 『全文芸時評Ⅴ 昭和四十八年・昭和四十九年・昭和五十年』
◉1970年代、江藤は40代に入り、批評家として脂が乗り切っている。しかし、出版業界の〝経済戦争〞は激化した。同世代の「内向の世代」が文壇の中心になり、すぐ単行本化できる「長篇力作」が流行る文壇。文学者としてどう老いるかが視野に入った頃、「月山」により還暦の芥川賞作家・森敦が出現し、中上健次の傑作「岬」を発見する。しかし、「石油ショック」により文芸時評は2回から1回に減らされ、すでに21世紀の出版界が抱える光と闇が姿を現している。混沌とした状況を、江藤はどう読んだのか。
第15巻 『全文芸時評Ⅵ 昭和五十一年・昭和五十二年・昭和五十三年』
◉昭和三十三年から昭和五十三年まで、二十年間書き続けてきた江藤淳の文芸時評が終わる日がきた。それは、「文学は明らかにカルチュアの座から滑り落ち、サブ・カルチュアの一隅に低迷」したという実感ゆえであった。中上健次に希望を託すものの、村上龍「限りなく透明に近いブルー」は全否定。月々の作品を読み込みながら、文学とは何か? と問い続けた江藤淳。文学史の大河小説、ついに完結!
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